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鬼 の 国
はじめに・・・
古来から鬼は、日本人にとって、日常生活の中で語られる、極身近な存在であった。
そして、「仕事の鬼」「鬼ばばあ」「鬼将軍」「鬼子」など、人を鬼に例える事も多い。
にも関わらず、「では、鬼と言うのはどのようなもの?」と聞かれると、その定義は
人の形をし角・牙を持つ、祟りをする恐ろしいもの、死人の霊、血も涙もない、などなど
多岐にわたっているのではないでしょうか?
多くの人が知っていながら、実はその正体がはっきりしない不思議なもの・・・。
人々に畏怖され、忌み嫌われながらも、愛され、時には神として崇められる事もある鬼。
そんな鬼達を少しでも紹介できればと思います。
天邪鬼 (あまのじゃく)
異 名:天探女(あまのさぐめ)
能 力:読心術、怪力、変装(人の皮を剥いで被る)
出 典:「古事記」「日本書紀」「御伽草子」 その他
容 姿:一般にイメージされる鬼の姿と違って、醜い小鬼と言った感じで、
肌の色は浅黒く、額に1本の角を生やしている。
男性型と女性型の両方の物語がある。
特 徴:人の心を読む能力があり、人の思っている事と反対の事をしては、人を困らせる。
物 語:長者の家に嫁入りの決まっていた瓜子姫と呼ばれる少女を殺して、その皮を
剥いで被り変装して、贅沢な暮らしをする算段であったが、見破られて成敗される。
その他:天探女の話・・・地上に降りて来たアメノワカヒコの行動を不審に思った高天原は、
密偵を放ったが、アメノワカヒコの家来であった天探女にみつかり報告されてしまう。
天探女は、悪役ではないのだが、高天原(天界側)から見れば、余計な告げ口をしたと
言う事になり、これが、天の邪魔をするものとして、天邪鬼と同一視されたと思われる。
茨木童子 (いばらぎどうじ)
異 名:羅生門の鬼
能 力:変身、怪力
出 典:「御伽草子」「平家物語」「源平盛衰記」「太平記(羅生門)」 その他
容 姿:変身能力の為か、物語毎に違ってくるが、白髪の鬼女の姿が、もっとも知られている。
物 語:ある夜、源頼光は渡辺綱を一条大宮の方へ使者に出した。役目を終え、一条堀川の橋に
さしかかった時、たもとに20歳くらいの雪のように白い肌をした美女が紅梅のうちかけを
ふわりと身にまとい、艶やかな風情で佇んでいるのを見かけた。
夜中に共も連れずにいるのを不審に思い、声をかけると「五条あたりまで参りたいのですが、
送って頂けませんか?」と心細そうな返事が帰ってきたので、綱は馬から降り、女を馬に
乗せてやり五条に向かった。五条につくと女は「実は私の住居は都の外なのです。そこまで
送って頂けないでしょうか?」と言ってきた。綱が「よかろう」と頷くと、女はたちまち恐ろしい
鬼に姿を変えて「いざ、我が行く先は愛宕山ぞ!!」と言って、綱の髻を掴んで、
愛宕山の方向へ飛んで行こうとした。
しかし、綱は慌てず頼光から借りてきていた「髭切(太刀)」を抜き放ち、鬼の手を切りつけた。
鬼は腕を切り落され、愛宕山の方へ飛び去り、北野神社の回廊の屋根に落下した。
(場所を羅生門に変えたものや、太刀を鬼切丸とするものなど諸説ある)
綱は鬼の腕を持ちかえり、頼光に見せたところ、大変驚いて陰陽師の安倍清明に相談した
ところ「鬼の腕を唐櫃に納めて厳重に封印して、7日間仁王経を唱えるとよい」と教えられ、
綱は言われた通りにしていると、6日目に叔母が訪ねてきた。7日が終るまで、人に会っては
いけないので、綱はもう1日待って欲しいと丁重に断ったが、叔母は聞き入れず、しまいには
泣き出す始末・・・。仕方なく家の中に入れてやると、今度は櫃の中を見せて欲しいと言い出した。
それで封を解くと、叔母は鬼に姿を変えて、櫃の中にあった腕をつかんで、いずこかへと
飛び去って行った。
その後も、大江山の鬼の一味として、京の都を荒らしまわったが、源頼光の大江山の
鬼退治により、頭目の酒呑童子は倒され、それを見た茨木童子は頼光に飛びかかったが、
主人の危機を見た渡辺綱が割って入った。童子は綱を押し倒したが、その隙に頼光に首を
切り落とされ絶命した。
生立ち:摂津国の水尾村の農家で、妊娠期間16ヶ月の難産の末に産まれたが、産まれた時から
歯が生え揃っていて、すぐにヨチヨチと歩き出し、鋭い眼光で母親を見るとニタッと笑った。
それを見た母親は、難産で弱っていた為もあってか、ショック死してしまったと言う。
童子は、親戚にも気味悪がられて、茨木村の九頭神の森の近くにある髪結(床屋)の前に
捨てられたが、その床屋に拾われて育てられた。茨木村で拾われたので、後に茨木童子と
呼ばれるようになる。
床屋の仕事を教え込まれて数年が過ぎた頃、剃刀で客の頭を剃っていた童子は、誤って
客の頭を傷つけてしまい、その血を何気なく拭って舐めた童子は、それがこの上なく美味で
ある事に気がつき、その後はわざと客の頭を傷つけては血を舐めるようになった。
ある日、顔を洗う為、小川を覗き込んだ童子は自らの顔が鬼の相になっている事に驚き、
そのまま丹波の山奥に入って行き、その後、大江山に住む山賊の頭の酒呑童子の家来に
なったと伝えられる。
鬼子母神 (きしぼじん)
異 名:訶利帝母、ハーリティー
能 力:怪力、法力
出 典:全国で伝承、インドの神話
容 姿:醜い老婆が、仏の教えで更正し、美女になった話しが多い。
物 語:500人の子供を持つ鬼女ががいたが、この一族は人間の子供を獲っては食べていた。
子供を奪われた母親は、鬼には敵わないので、ただ嘆くしかなかった。それを見た
お釈迦様は鬼女を懲らしめ諭す為に、500人の子供のうち、一番末の子供を隠して
しまった。子供が居なくなった事に気がついた鬼女は、半狂乱になって捜し回ったが
見つからず、最後にお釈迦様に助けを求めた。
子供を捜してくれと言う鬼女に、釈迦は「500人も子供がいるのだから一人くらい
居なくなっても良いではないか?」と冷たく言うと、鬼女は泣き崩れて、
「とんでもない。みな私がお腹を痛めて生んだ大事な子です。子供さえも戻れば、私は
どうなっても構いません」それを見て釈迦は、
「大勢のうち、一人を失っても、お前はこのように嘆き悲しむのだ。一人か二人しか居ない
子供を失った親の苦しみや悲しみを、どのように思うのだ」
釈迦の言葉に、鬼女は今までの事を反省して、「子供を失う親の悲しみを身を持って知りました。
今後は、どんなに飢えても、絶対に子供を食べません」と誓い。
その時から、子供の守り神になったと言う。
また、その時に釈迦は、鬼女にザクロの実を取って渡し「ザクロは人肉の味がするので、今後
もし人を食べたくなったら、これを食べて、子供を失う苦しみを思い出すがよい」と言ったという。
その他:現在では鬼子母神は子供の守り神から転じて、子宝と子育ての神として奉られている事が多い。
酒呑童子 (しゅてんどうじ)
異 名:大江山の鬼
能 力:神通力、変身(童子の姿に化ける)
出 典:「御伽草子」「大江山絵詞」「酒呑童子絵巻」 その他
容 姿:顔が赤く、体が人体の数倍以上の大きさ。子供がそのまま巨大化したと言う説も・・・
物 語:都で若君や姫君が疾走する事件が相次ぎ、事を憂慮した朝廷は、陰陽師の安倍晴明を
招いて占わせた結果、大江山に棲む鬼王の仕業である事が判明したので、源頼光と
その四天王及び藤原保昌に討伐を命じた。
頼光と保昌は、石清水八幡宮・日吉大社・住吉大社・熊野大社に鬼退治の成就を祈願して、
大江山に向かった。途中、神社に祭られた神の化身に「神便鬼毒酒」と兜を授かり、また、
その助言により、山伏姿に変装して向かう事にした。
そして、大江山に着いて、酒呑童子に会うと「出羽国羽黒の山伏です。都で評判のお酒をお渡し
致しますので、これで一夜の宿を・・・」と言って、神便鬼毒酒を差し出し、鬼達に飲ませる事に
成功し、途中、正体を悟られそうになった時も、うまく誤魔化した。
やがて、鬼達が体中に痺れを感じ、横たわって寝入ってしまった。それを見計って、鎧を着ると
先ほどの神の化身が、また現れて「我々が鬼の手足を鎖で縛り動けなくしてある。まずは、
頼光が酒呑童子の首を取れ、残りは他の鬼どもを切り捨てろ」と告げて消えて行った。
頼光は早速、酒呑童子の後ろに廻って、刀を抜いた。その気配に気がついた童子は、
起き上がろうとしたが、手足を鎖に縛られていて動けない。
「客僧達よ、お前達の言葉を信じ、また、鬼は卑怯な事はしないのに、この仕打ちか!!」
と叫ぶ童子に、容赦無く6人がかりで斬りつけ、首をはねた。
首は、天高く舞い上がると、頼光をめがけて噛みかかったが、頼光は神の化身から授かった
兜を被っていたので、童子の首は頼光に近づけずに、地面に落ちた。
酒呑童子の首を討って、庭に出ると茨木童子を始めとする鬼達が襲いかかってきたが、
これらもことごとく討ち取り、囚われの娘達を救い出して、都に凱旋する事にした。
途中、老ノ坂で一休みしていると、道端の子安地蔵が「鬼の首などと言う不浄の物を、
帝のいらっしゃる都に持ち帰って良いものか・・・」とつぶやくと、首は岩のように重くなり、
まったく動かせなくなってしまった。よほど丹波国に未練があるらしいと判断した一行は、
首塚を作り、首をその場に埋めたと言う・・・。
生立ち:もともと、越後の山寺の稚児だったが、師に恨みを抱き、これを刺し殺して、比叡山に逃げたが
伝教法師に山を追い出されて、大江山に住みついた。しかし、今度は弘法大師の法力によって
またしても、山を追われてしまったが、やがて弘法大師がこの世を去ったので、また大江山に
住みつくことになったと言う。
また、越後国砂子塚の城主・岩瀬俊綱は子宝に恵まれなかったため、信濃戸隠山に祈願して
産まれたとも言う。3年間も身篭り、ようやく産まれた子は、ずば抜けた美貌を持っていたが、
手のつけられない乱暴者であったため、外道丸と呼ばれた。両親は、外道丸の乱暴さに
嫌気がさして、弥彦山国上寺に稚児として出した。寺での修行でおとなしくはなったものの、
大変な美形だった為、多くの女性に恋慕されたが、そのうちに外道丸に惚れた娘は死ぬと言う
噂が広がった。そこで、外道丸は今までに貰った恋文を焼き捨てようと箪笥をあけたところ、
箪笥から大量の煙が出てきて、煙に巻かれた外道丸は気を失ってしまった。目覚めた彼は
自分の姿が、鬼に変わっている事に気がついて、茫然自失して戸隠山に身を隠し、その後に
丹波国大江山に移り住んで、酒呑童子と名乗るようになったとも言う。
前鬼・後鬼 (ぜんき・ごき)
異 名:式神、乙丸・若丸
能 力:変身、呪殺
出 典:「今昔物語」「宇治拾遺集」
容 姿:恐ろしい小鬼のような姿をしていたが、陰陽師が街に連れ出す際は、童子の姿に変身していた
物 語:陰陽師達に召還され使役されていた。修験者や僧によって使役されていた護法童子も同様の
ものと思われる。
その他:式神は、なぜか常に二体一組で行動して(召還されて)いた。
一体では問題があったのかは不明。
鬼の嘆息へ ちょっと脇道・・・